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幕末・明治の写真と絵葉書 イマジンネット画廊ブログ

古写真と絵葉書を通して、古き良き日本の生活を紹介していきます。

東京瓦斯の軍用自動車

陸軍制式四屯自動貨車

"今月の一枚は後の東京ガス、東京瓦斯電気工業製作の軍用自動車の写真である。
大正6年、大森工場建設中に陸軍大阪砲兵工廠より陸軍制式四屯自動貨車
5台の試作勧奨を受け、翌年大森工場完成と同時に試作を開始、大正8年に完成した。
写真には全車両が一列に走る様子が写されている。虎ノ門-大森間のようにも見え、もしかしたら完成後、工場を出たところかもしれない。"
(今月の一枚)より

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特集:瞽女

小金井の瞽女
イマジンネット画廊にて、盲目の女旅芸人・瞽女について特集しています。
三味線と杖を手に厳しい旅を続けた彼女らの生きた写真をご覧下さい。

[特集:瞽女]
瞽女特集

大日本帝国海軍占領時代のサイパンの絵葉書

大日本帝国海軍占領時代のサイパンの絵葉書

”今月の一枚は大日本帝国海軍占領時代のサイパンの絵葉書である。
看板に大日本帝国マリアナ群島占領地軍政庁の手書き文字が読み取れる。第一次世界大戦での占領後それほど経っていない、大正初期当初の様子が切り取られたものと思われる。武装した兵士と備えられた機関銃が見える。 "

(今月の一枚より)

日本によって加刷されたドイツ発行マーシャル諸島の切手

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"ドイツ植民地では植民地専用の切手が発行されていた。今月の一枚はドイツが占有していた南洋マリアナ諸島、マーシャル諸島、カロリン諸島のうちマーシャル諸島のカイザーヨット統一図案切手9枚である。各々に田村、小林、加納の印鑑が押印されている。戦時下では占有した地域で使われていた切手に自軍の印を重ねて刷りそのまま使用することがあり、これも1914年日本占領時に加刷されたと思われる貴重な物である。鮮明な印章が写真2、写真3は第一次世界大戦時の加藤友三郎司令官率いる日本海軍マーシャル諸島占領の記事である。
1997年、米国の郵趣展示会においてH.Kaiser氏により"Marshall Islands Japanese Occupation 1914 ( New Light on the "Chops" from Old Documents) が発表され、同様の切手と共に出品されて同氏が金賞の栄誉を賜ったと伝えられる(写真4~7がそのコピー)。更なる発見や研究が待たれる。(TK) "
(今月の一枚)より

新宿角筈 梅林 「銀世界」

01-1320-056 東ー新宿角筈の梅林、銀世界。大正期(131031-027)

この立派な枝振りの梅は、新宿角筈(現在の西新宿)にあり「銀世界」と呼ばれた梅林のものです。
明治41~42年頃に芝公園へ数本が移植され、現在も人気を集めています。

毎年行われている梅まつりは 港区芝公園にて本日から2日間。開花状況は現在4~5割ほどだそうです。
ぜひ足を運んで梅の香に包まれてみては。

平成27年2月20日(金)・21日(土)

大正 猿まわし 猿引


(写真の詳細)

猿まわし師です。
少し怖いのでしょうか、のけぞりながらも興味深々に猿を見つめる少女がほほえましい一枚。

猿は馬から厄病を祓うとされ、初春の祈祷の際に厩の前で猿を舞わせていたものが本来の猿回しですが、
徐々に宗教色が薄まり、道端で見物料をとり芸をさせる芸能として発展していきました。
身分差別や大道芸に対する警察の取り締まりなど様々な理由で衰退し一度は絶滅しましたが、
近年山口県の「周防猿まわしの会」により復活し、伝承されています。

銀座通り、バスに乗る人々 大正レトロ

銀座通りのバス 大正時代
(写真の詳細)

本日ご紹介するのは1920年代と思われるバスの写真です。
この頃の紳士は帽子を被るのが一般的だったようで、
手前の和服の男性も、
バス内の洋服(と思われる)男性も
皆カンカン帽らしきものを被っています。

今正に乗車途中のご婦人は子供を抱えているのでしょうか?
その前の着物姿の女性の帯もモノクロ写真ながら鮮やかで、
さりげない日常の空気をとらえた一枚だと思います。

アイヌ文化

アイヌ

アイヌ文化を伝える、貴重な写真です。
服飾や装飾品、そして人々の美しさが生き生きと伝わってきます。
二枚目の写真には、口の周りに刺青をした女性が写っています。
かなり痛みの伴う刺青。子供のころから何度も彫師のもとへ通い、婚礼までの間に少しずつ入れたのだそうです。

明治 両国 国技館 (大鉄傘)

1909年(明治42年)の6月2日に、大相撲の興行のための建物、国技館が開館しました。
日本で初のドーム型屋根を備えた、美しい西洋建築。
”大鉄傘”の名で親しまれたこの建築の設計は、日本銀行本店や東京駅の設計で知られる辰野金吾・葛西萬司です。
激動の時代の中で何度も焼失、再建を繰り返したドラマのある建物です。

01-1314-074東両国。M後期~

蒲田 菖蒲園

そろそろ菖蒲の咲く季節になりました。
今回は、蒲田菖蒲園の写真をご紹介します。
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(写真の詳細)


見渡す限りのハナショウブ。夢の中の風景のようです。

蒲田菖蒲園は明治35(1902)年から大正10(1921)年まで、現在の蒲田小学校付近にありました。
一万坪の広大な敷地には、菖蒲以外にも四季折々の植物や動物、お茶屋さんもあり、大変人気の観光スポットだったようで、蒲田駅もこの菖蒲園のためにつくられたそうです。

ちなみにソックリと言われているアヤメ、カキツバタ、ハナショウブの見分け方ですが、アヤメは花の根元に網目模様があるもの、カキツバタは白い模様があるもの、ハナショウブは黄色い模様があるものだそうです。