幕末・明治の写真と絵葉書 イマジンネット画廊ブログ

古写真と絵葉書を通して、古き良き日本の生活を紹介していきます。

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幕末医師の写真に見る刀と身分

松本良順

"今月の一枚は幕末~明治の医師、松本良順の写真である。長崎で西洋医学を学んだ良順は、幕府の奥医師となり医学所(東京大学医学部の前進)頭取、将軍侍医などを務めた人物である。近藤勇とも親交があり、新撰組隊士の診療も行った。

写真の良順は剃髪し、背後には刀が掛かっている。江戸時代、武士や一部の許しを得た者以外の帯刀は禁じられていたが、医師は度々刀を差したところが絵に描かれている。写真を撮るにあたってしっかりと刀を写しているところなど、矜持が表れているように感じる。江戸時代の、特に将軍や大名に仕える医師は剃髪し僧形をとっていた。これは身分の低い者に身分の高い者を診させるわけにはいかず、僧侶と同じく身分の外の存在としたのだろう。

このほかに力士もまた浮世絵などで二本差しして描かれているのを見受けられる。江戸時代、各藩はこぞって有力力士を召抱えた。召抱えられた力士は武士身分を得たので帯刀することができた。また帯刀を禁じられた者でも、脇差は持つことが出来た。道中差などである。侠客などは打刀ほどある刀を長脇差と称して用いることもあったという。(S)"

(今月の一枚)より

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常盤橋御門前(幕末~明治?)

常盤橋御門前

"常盤橋御門前の写真である。
常盤橋の親柱には当然のごとく擬宝珠(ぎぼうし)が覗える。
同御門は1872年(明治5年)に撤去されたとあるので、写真はそれ以前に撮影されたことになる。そこには高札場が右手にあるが、人力車の溜まり場になっていたように見受けられる。
左手奥に呉服橋が見える。 (T)"

(今月の一枚)より

横浜 ペリー来航

01-1401-124 横浜開港リプリント

本日はペリー提督が横浜に訪れた様子を描いたイラストをご紹介します。
作者は随行画家のハイネ。
アメリカ兵の後ろには多くの見物人が描かれ、当時の人々の関心の高さが伺えます。

横浜港は安政6年6月2日(西暦1859年7月1日)に開港されました。
現在は6月2日が開港記念日と定められ、毎年大々的に横浜開港祭が行われています。
今年の横浜開港祭は5/31~6/3の三日間だそうです。
http://www.kaikosai.com/index/

幕末・大名家族写真

大名と奥方 幕末


本日ご紹介するのはフリーチェ・ベアト(Felice Beato)撮影、大名家?の彩色写真です。

手前には礼服の狩衣と立烏帽子を纏った男性と、華やかに彩られた奥方と思われる女性。
侍の写真は多く見かけますが、幕末にこのような形で撮影された写真はあまり多くはないのではないでしょうか。

大名家族拡大
よく見ると顔立ちにそれぞれ特徴があり面白いです。

東北阿武隈橋の写真

奥州阿武隈川

”今月の一枚は奥州は阿武隈川(現代の福島~宮城辺り)の写真である。
幕末~明治初期、長崎や横浜などといった写真文化の入口であった外国人居留地から離れるにつれ残されている写真の数は少なくなってくる。そうなると明治中期以降の東北の写真では、断髪令の普及により所謂散切り頭の人物写真が増えてくる。 三人の男たちが皆ちょんまげを結っているこの写真、従ってなかなか珍しい一品なのではないだろうか。”
(今月の一枚)

幕末の戦艦・開陽丸

開陽丸写真

"今月の一枚はオランダで撮影された軍艦開陽丸の写真である。

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