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幕末・明治の写真と絵葉書 イマジンネット画廊ブログ

古写真と絵葉書を通して、古き良き日本の生活を紹介していきます。

曳き舟

曳き舟

"今月の一枚は狭い川に浮かぶ曳き舟と、その上を通る子供の写真である。橋代わりか板と丸太が架かっているが細く危なっかしい。子供の足取りも慎重に見える。恐らく、京都の高瀬川ではないかと思われる。もしくは白河か。当時の生活を感じられる一枚である。"
(今月の一枚)より

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日本橋 魚河岸

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日本橋の魚河岸は、築地市場の前身で、1935年に築地に移転するまで300年もの間、日本橋の河岸にあった魚市場です。
沢山の魚問屋と船が並び、当時の活気を感じさせる一枚です。

明治の屋形船絵葉書

船遊び

やっと猛暑は過ぎましたがまだまだ暑い日が続きますね。
少しでも涼を取れますように、本日は明治発行、東京向島の舟遊びの絵葉書をご紹介します。
皆好き好きに、船縁や屋根の上に座っていて、落ちないか心配になってしまいますね。
(写真の詳細)

ドイツ領時代のサイパンの絵葉書

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(日本軍によって略奪され、使用されたもの)

"第二南遣支隊所属の鹿児島丸はパラオ地区担当の第六特別陸戦隊を乗せ、1914年10月末に佐世保を出航、11月6日朝コロールに主隊を揚陸、11月17日アンガウルに分隊を揚陸、11月19日にはヤップに揚陸させた。11月21日鹿児島丸は長崎に向け帰国の途についた。鹿児島丸のこの航海には、なぜか艦船郵便所は設置されなかった。この航海前の10月1日に、鹿児島丸に第一艦船郵便所が設置されたが、それは山東半島向け航海であったと思われる。
鹿児島丸の一回目南洋群島への航海が終了後、1914年12月10日、2回目の南洋群島への航海であった鹿児島丸に第二艦船郵便所が設置され、佐世保を出航した。

表面の絵葉書は独逸製のものであり、ドイツ占領時、ドイツ人によって持ち込まれ、通有していたものである。きっとそれは日本軍により接収か略奪されたものであろう。日付印のA欄は<第二艦船>、4年4月16日の消印である。C欄は<郵便所>となっている。<第二艦船>とは、この鹿児島丸のことである。鹿児島丸は前述の通り1914年(3年)12月10日、佐世保を出航。その後12月17日パラオに入港、4年の元旦をトラック島で迎えた。記録によると、この鹿児島丸は4年5月6日にまだサイパン島に停泊していたから、前記のレポート中の記述にある日本軍占領時に拘束されたドイツ人の郵便吏、 J.Krumlingが述べた「1915年(4年)6月9日鹿児島丸で横浜に向かった」というのは、彼がこの船に乗っていたことになる。(TK)"

(イマジンネット画廊 今月の一枚)より

装甲巡洋艦・吾妻

装甲巡洋艦吾妻
(写真の詳細)


明治28年(1895年)の三国干渉の結果、遼東半島を占有したロシアは旅順を拠点に太平洋艦隊を拡充させていきました。
その脅威に対抗するため大日本帝国海軍が掲げたのが、戦艦6隻・装甲巡洋艦6隻を中核とした大艦隊建艦計画、六六艦隊計画でした。
吾妻はその第一期拡張計画で八雲型に次いで整備された装甲巡洋艦です。
それまでは艦船の主な発注先はイギリスでしたが、ロシアとの対立が深まる中、三国の内残り二国との関係への配慮から、吾妻はフランス、八雲はドイツから購入しています。

船一隻からも国々のパワーバランスが窺えて興味深いですね。



明治 向島のお花見風景


今年もそろそろ桜の見ごろがやってきました。
今回はお花見の人気スポット、向島の写真をご紹介します。

屋形船の屋根の上に乗って、とても気持ちがよさそうですね。
隅田川から眺める風景は、今もどことなく面影が感じられます。

現在では、桜の向こうにスカイツリーがそびえ、新たな魅力が加わりました。

お花見の名所は100年以上経った今でも変わらない場所が多いので、お気に入りの古写真を眺めながら先人たちと感動を共有してみるのも一興かもしれませんね。


東京枕橋の渡し舟

枕橋渡舟
(写真の詳細)

本日ご紹介するのは前回に引き続き東京の川の絵葉書です。

寛文2年(1662年)、現在の吾妻橋から向島に通じる源森川(現在の北十間川)に架けられた源森橋。
いつしか枕橋と呼ばれるようになったその橋が、昭和3年に架け替えられたのが、現在も残る枕橋です。
東京スカイツリーの傍なので、散策ついでに景色を見比べてみるのも楽しいかもしれません。

明治・新年御勅題「新年の川」 絵葉書

東京/新年御勅題/新年の川
(写真の詳細)

一月も終わりですが、新年の写真です。
の遠くには舵取りとのシルエット、手前に木の下に佇む小さな女の子。
日の丸のと髪飾りの赤が映える綺麗な構図の一枚です。

東北阿武隈橋の写真

奥州阿武隈川

”今月の一枚は奥州は阿武隈川(現代の福島~宮城辺り)の写真である。
幕末~明治初期、長崎や横浜などといった写真文化の入口であった外国人居留地から離れるにつれ残されている写真の数は少なくなってくる。そうなると明治中期以降の東北の写真では、断髪令の普及により所謂散切り頭の人物写真が増えてくる。 三人の男たちが皆ちょんまげを結っているこの写真、従ってなかなか珍しい一品なのではないだろうか。”
(今月の一枚)

幕末の戦艦・開陽丸

開陽丸写真

"今月の一枚はオランダで撮影された軍艦開陽丸の写真である。