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幕末・明治の写真と絵葉書 イマジンネット画廊ブログ

古写真と絵葉書を通して、古き良き日本の生活を紹介していきます。

横浜停車場内観・外観

"日本初の鉄道明治5年新橋-横浜間で開通した。両駅はリチャード・ブリジェンスによる同一設計で、ぱっと見では見分けにくい。駅舎外観の写真は数多く撮られたが、内側を撮影したものは珍しい。"
(今月の一枚より)

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明治 馬車鉄道(山梨)

01-1902-002馬車鉄道
(写真の詳細)

馬車鉄道は、1882年(明治15年)に「東京馬車鉄道」が開業すると、その後全国的に広まり、電車に移行するまでの20年間ほど活躍した交通手段です。
時速は平均8km。人力車や馬車よりは運賃も安く、レールの上を走るため馬車より乗り心地がよいとして人気がありました。
生き物であるため管理が大変で、糞尿を撒き散らすなどの問題もあり、電車に取って代わられる形で無くなってしまいましたが、時間に縛られ過ぎない当時の社会状況といい、どこかノホホンとした光景が失われてしまったことは惜しまれます。

日本最初の2階付き電車

大阪市電5号車

"日本初の公営電気鉄道である大阪市電は明治36年(1903年)開通した。

上段写真は翌年運行が始まった二階付きの5号車の絵葉書である。
2階の人々は揃って端に群がり、物珍しそうに景色を見下ろしている。
屋上に手すりと布製の屋根が付いただけの2階は、
なるほど夕涼み電車などの異名がつくのも頷ける。

下段は昭和28年市電50周年を記念して製作された、
720号車を改造した5号車の模造車両と思われる。"

(今月の一枚)

豆相人車鉄道

豆相人車鉄道
(写真の詳細)

”豆相人車鉄道は熱海-小田原間の浴客輸送を目的として熱海の旅館業主や京浜実業家等によって計画され、当初検討されていた馬車鉄道等は資金が集まらなかったため、人力で車両を押す比較的安価な人車鉄道として明治29年本開業した。
車両は上等・中等・下等があり、定員は等級によって変わり4人~8人、1台を3人の車夫が押した。料金は下等40銭~上等は1円程と高価なこともあって営業的には成功したが、険しい地形もあり下りは自動下降をブレーキで調整し速かったものの上りは大変遅く運転能率が悪かったため、明治40年、名を熱海鉄道と改めた軽便鉄道として動力変更が為された。国木田独歩や大正天皇も乗車したと記録されている。”
(今月の一枚より)