幕末・明治の写真と絵葉書 イマジンネット画廊ブログ

古写真と絵葉書を通して、古き良き日本の生活を紹介していきます。

椅子式の駕篭



椅子に担ぎ棒を取り付けた、椅子式の駕篭。
視線が高く、見晴らしがよさそうです。

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だるま型自転車

だるま型自転車
"今月の一枚はだるま型自転車である。前輪と後輪を横倒しのだるまに見立てた名前で、英名のペニー・ファージングもイギリスの大小の硬貨に準えている。明治に日本に輸入され、日本の職人が見よう見真似で造った国産品もある。しかしペニー・ファージングには手作業では製造困難な部品が使われており、熟練の職人の手を以ってしても技術的なところまでは再現できなかった。通信省で採用され、だるま型に乗った郵便配達員の写真やイラストが残されている。"
(今月の一枚)

日本の初期タクシー 辻待ち自動車 Tフォード

ブログ01-8010-085(32)タクシー自動車車庫 ガラスネガ

Tフォードと、凛々しい姿の運転士の一枚。


明治45年開業のタクシー自動車株式会社の価格は、初乗り1マイルが60銭とのことなので、あんぱん一個一銭の時代と考えると、
大雑把ですが現代のタクシーの値段の十倍くらいの感覚でしょうか?

曳き舟

曳き舟

"今月の一枚は狭い川に浮かぶ曳き舟と、その上を通る子供の写真である。橋代わりか板と丸太が架かっているが細く危なっかしい。子供の足取りも慎重に見える。恐らく、京都の高瀬川ではないかと思われる。もしくは白河か。当時の生活を感じられる一枚である。"
(今月の一枚)より

横浜停車場内観・外観

"日本初の鉄道明治5年新橋-横浜間で開通した。両駅はリチャード・ブリジェンスによる同一設計で、ぱっと見では見分けにくい。駅舎外観の写真は数多く撮られたが、内側を撮影したものは珍しい。"
(今月の一枚より)

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浅草行き鉄道馬車

浅草行き鉄道馬車

"すぐ横を人力車や荷車が通る大層狭い道に馬車鉄道が通っている。馬は車体に隠れて見えないが、馬車の文字の通り新橋から浅草に行く馬車である。
東京馬車鉄道が開通したのが明治15年である。2枚目の画像は木版の明治19年浅草周りの地図で、なんと路線が載っている。陸地を走る蛍光ピンクの部分が馬車鉄道で、川のラインは恐らく航路だろう。進行方向はわからないが、この路線では浅草寺、上野公園を経由している。写真は地図の細い路線のうちのどこかだろう。
写真と合わせて古地図を広げ、昔の浅草を散策してみるのも楽しいのではないだろうか。(S) "

(今月の一枚)より
浅草古地図

長距離列車で熟睡する乗客

長距離列車で眠る客

"当時の長距離列車は昼夜を駆けないと目的地に辿りつけず、必然として夜行列車でもあった。
手前の客は自分で持ち込んだのか、寝台車でもないのに枕を使っているし、皆思い思いの格好で眠っている。客席にはゆとりがあり、それなりに優等席ではないだろうか。乗客の装いから明治中期頃の風景ではないかと思われる。
当時の列車の写真は外観や乗客なしの内観が多く、実際の乗車風景を写したものは珍しいように思う。各々の気持ちよさそうな寝顔までつぶさに見て取れる。大口を開けている男性陣の奥に居る女性客が顔を伏せているのがまた味わい深い。長旅の疲労までがこちらに降りかかって来るようなリアリティを感じる一枚。(S) "
(今月の一枚)より

明治 馬車鉄道(山梨)

01-1902-002馬車鉄道
(写真の詳細)

馬車鉄道は、1882年(明治15年)に「東京馬車鉄道」が開業すると、その後全国的に広まり、電車に移行するまでの20年間ほど活躍した交通手段です。
時速は平均8km。人力車や馬車よりは運賃も安く、レールの上を走るため馬車より乗り心地がよいとして人気がありました。
生き物であるため管理が大変で、糞尿を撒き散らすなどの問題もあり、電車に取って代わられる形で無くなってしまいましたが、時間に縛られ過ぎない当時の社会状況といい、どこかノホホンとした光景が失われてしまったことは惜しまれます。

日本最初の2階付き電車

大阪市電5号車

"日本初の公営電気鉄道である大阪市電は明治36年(1903年)開通した。

上段写真は翌年運行が始まった二階付きの5号車の絵葉書である。
2階の人々は揃って端に群がり、物珍しそうに景色を見下ろしている。
屋上に手すりと布製の屋根が付いただけの2階は、
なるほど夕涼み電車などの異名がつくのも頷ける。

下段は昭和28年市電50周年を記念して製作された、
720号車を改造した5号車の模造車両と思われる。"

(今月の一枚)

銀座通り、バスに乗る人々 大正レトロ

銀座通りのバス 大正時代
(写真の詳細)

本日ご紹介するのは1920年代と思われるバスの写真です。
この頃の紳士は帽子を被るのが一般的だったようで、
手前の和服の男性も、
バス内の洋服(と思われる)男性も
皆カンカン帽らしきものを被っています。

今正に乗車途中のご婦人は子供を抱えているのでしょうか?
その前の着物姿の女性の帯もモノクロ写真ながら鮮やかで、
さりげない日常の空気をとらえた一枚だと思います。