幕末・明治の写真と絵葉書 イマジンネット画廊ブログ

古写真と絵葉書を通して、古き良き日本の生活を紹介していきます。

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横浜岩亀楼/港崎遊郭

横浜岩亀楼/港崎遊郭

"テリーベネット氏の著書Collectors’ Data Guideによると、ネグレティザンブラ社が1861年に発売したステレオ写真の中に横浜岩亀楼 No1 、No2と記載されたものがある。各々に付された番号は1729 と 1730であり、今回取り上げた写真と番号違いであるが、同シリーズのものであると思っている。1729番以前のもの、1756番以降の調査が望まれる。
横浜岩亀楼は横浜居留地につくられた遊郭であるが、時を待たずして焼失してしまう幻の遊郭、港崎遊郭の中にあった。岩亀楼は当時としては走りの同内唯一の本格的遊郭であった。残された資料も少なく、写真の存在はあまり知られていない。貴重な写真だと言ってよい。(T)"
(今月の一枚)

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大正 猿まわし 猿引


(写真の詳細)

猿まわし師です。
少し怖いのでしょうか、のけぞりながらも興味深々に猿を見つめる少女がほほえましい一枚。

猿は馬から厄病を祓うとされ、初春の祈祷の際に厩の前で猿を舞わせていたものが本来の猿回しですが、
徐々に宗教色が薄まり、道端で見物料をとり芸をさせる芸能として発展していきました。
身分差別や大道芸に対する警察の取り締まりなど様々な理由で衰退し一度は絶滅しましたが、
近年山口県の「周防猿まわしの会」により復活し、伝承されています。

明治 力比べ 首引き

01-8013-002遊び
(写真の詳細)

強面の男性が首引きをしている写真。
お互いの首に紐をかけて引っ張り合い、引き寄せられたほうが負け、という力比べです。

江戸・東京にあった遊郭2 根津遊郭/洲崎遊郭

八幡楼
(写真の詳細)

”9月の今月の一枚は前月に続いて遊郭の話である。
江戸のはじめ、根津は近辺の中仙道筋の湯島・本郷がいち早く町場化したとあるが、地域一帯は大部分が農村であった。
湯島は麹の産地として著名、味噌問屋が多く、本郷は肴屋と竹・丸太屋が多くあったとある。
明暦の大火は1657年(明暦3)にこの地の寺から出火して江戸の町を焼き尽くした。
折りしも、江戸の都市構造の変化が求められていた時代であった。
大火後、幕府は防火対策として江戸城近辺にあった大名屋敷・旗本屋敷や寺社を周辺地域の標高20~30mの平坦な台地上に移転させた。
根津はその一環として、1706年(宝永3)根津権現社が千駄木から移ってきて町立てされた地区であったが、以来根津権現社の門前町として賑わい、煮売り料理茶屋が置かれて、1708年(宝永5)には既に伊勢屋・大黒屋など多数の遊女屋があったとある。

吹き飴売り

吹き飴売り
(写真の詳細)
子供たちの真剣なまなざしを一身に受けているのは、飴細工の露店、吹き飴売りです。
可愛い鳥や動物の形をした飴が手際よくみるみるうちに出来上がるさまは、まるで魔法のようだったのでしょう。
あれがほしい、これがほしい、という声が聞こえてきそうな一枚です。

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