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幕末・明治の写真と絵葉書 イマジンネット画廊ブログ

古写真と絵葉書を通して、古き良き日本の生活を紹介していきます。

浅田信興近衛師団長、銀座三越呉服店前

戦時の三越
(写真の詳細)

本日ご紹介する絵葉書は日露戦争、浅田師団長率いる近衛師団の凱旋の模様です。
通り沿いに観衆の差す傘が連なる様が面白い一枚です。



(Wikimedia Commons)

浅田信興は川越藩士の家に生まれ陸軍士官学校に入学、
無天の身でありながら近衛師団長を経て陸軍大将、最終的に軍事参議官兼東京衛戍総督まで務めた軍人で、
日露戦争の功績で男爵位を与えられ華族に列せられています。


無天とは、陸軍大学校の卒業生徽章(江戸・天保期の百文銭に似ていることから卒業生は「天保銭組」と呼ばれた)を持たない者、つまり陸軍大学校出で無い士官の蔑称です。

天保銭組は参謀や中央要職を歴任、対して無天はよっぽどのことが無い限り生涯部隊勤務(良くて大佐、人によっては予備役の場合もあり、また当時の陸軍には将校の身分保障がなく不安定なものでした。)であったため、士官学校在学中の成績よりも参謀将校養成機関である陸大に入学できるか否かが重要視されていました。


そんな無天の浅田、なかなか破天荒な人物であったようで、
借金苦により西南戦争に従軍したとか、上等な宿でないと泊まらなかったとか、
人望が無いとかの噂に事欠かきませんでしたが、
こと軍事方面においての能力は誰もが認める程高かったそうです。


他にも戦場から自分の妻に「生きて還れば男爵夫人、死ねば浮気の後家となれ」と書き送った有名な話もあり、
話題に事欠かない興味深い人物ですね。
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